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東京高等裁判所 昭和33年(う)1893号 判決

被告人 森田義雄

主文

本件控訴を棄却する。

理由

(弁護人の)論旨第一点について。

所論は関税法第百十八条第二項の追徴が本質的に「不正の利益の存する場合に、不正の利益の限度内において為さるべきもの」との前提に立ち、本件違反行為による利益はすべて被告人の使用者であつた丸高商店(経営者小林義忠)に帰し、被告人は一銭も利得していないのであるから、被告人から金六十四万二千円を追徴することとした原判決は、右関税法の解釈を誤まり、憲法第二十九条、第三十六条に違反する判断をした違法があると主張するのである。しかし関税法第百十八条の追徴は犯人の挙げた利得に着眼し、それがなお犯人の手中に存するとき犯人からその不正利得額を追徴するとしたに止まると解すべきではない。元来刑法総則の没収、追徴は、犯人以外の者の所有に属しないときに限つて没収するを原則とし、犯罪行為の組成物件又はその供用物件について没収することができないときといえどもその価額を追徴されることはないのであるが、関税法においては犯罪貨物等が犯人以外の者の所有に係るときでもこれを没収するのが原則とされているのみならず、違反に係る貨物やその運搬のための船舶、航空機等犯罪の組成物件乃至供用物件についても、没収することができないときの追徴の規定があつて、刑法総則の重要な特別規定が設けられているのでありその趣旨はいやしくも関税法違反の所為があれば、同法違反の犯人から、利得額の有無、大小を問わず、違反貨物等を没収しもし没収できないときはその価格に相当する金額を追徴することとし、もつて同法違反の行為を厳重取締ると共にその没収、追徴の峻厳であることを一般に警告し、同法違反を未然に防止し、国家の関税収入を確保せんとするにあること明白である。従つて刑法総則の没収、追徴にその比を見ない厳しい規定であるというだけでその底に流れる合理性を無視することはできないし、憲法第二十九条に違反するものとなし得ないのはもとより、その追徴たるや残虐性を備えた刑罰とはいえないから、憲法第三十六条の禁止に反するものでもない。被告人が本件犯行当時丸高商店に雇われ犯行による利得が挙げて右丸高商店に帰したこと所論のとおりであつても、本件関税法違反の当該犯人である被告人から、その犯罪貨物等の価格に相当する金六十四万二千円を追徴すべきもので、その違憲を主張する論旨は独自の見解に過ぎず、採用することはできない。

論旨第二点について。

原判決は被告人より金六十四万二千円を追徴するとしているが、それは被告人が島根金太郎から譲受けた洋酒類の価格を合算した金額であり、被告人の外原審において被告人と共同審理を受け判決前に分離された結果被告人とは別に判決言渡を受けた高浜三郎、浅沼五郎、吉沢政雄及び島根金太郎に対しても追徴の言渡があり、それは被告人が追徴を言渡された六十四万二千円の限度においては被告人の外に右高浜らも追徴され結局同一物件につき被告人と高浜らとに対し各別に追徴が為されていることは所論のとおりである。そして所論はこの重複して言渡された追徴によつて国家は二重に不当な利得を受けるとなし、被告人に対しては他の犯人と共同連帯の関係において追徴の言渡を為すことを判決に明示せず、被告人単独でその違反にかかる貨物の価格全額について追徴したのが失当であると主張する。しかし被告人の本件犯行は関税法違反の物件を島根から取得したとの事実で、高浜三郎に初まり島根に至るまでの取引関係の当事者と被告人との間に共犯の関係はないし被告人が島根から取得した貨物の価格が六十四万二千円に相当しこれを没収することができないことも記録上明らかであるから、被告人に対しその全額の追徴をした原判決には毫も不当はない。高浜三郎らに対し被告人が島根から取得したと同一物件の価格相当の金額を含んで追徴の言渡があつたからといつて、それは被告人自身の上記犯罪事実とは別の各自の犯罪に基いて追徴の言渡が為されているだけで、この事実が被告人に対する追徴言渡に影響を来すものではない。所論が被告人と高浜外三名との間に縦の共犯関係があるとし、共同正犯の場合と同視し、共同連帯の追徴を命ずべきものとするとの独自の見解を表明し原判決の当否を云為し、更に又追徴執行上の問題から遡つて原判決の追徴言渡自体に不当が存する如く主張するがいずれも理由がない。

(裁判官 兼平慶之助 足立進 山岸薫一)

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